背後でユンミが口元を吊り上げる。
「うーん、残念。スカートだったら下着が見えたのに」
言われて美鶴は慌てて両足を閉じる。
こんな真冬に私服でスカートなど履くかっ!
「イマドキの高校生は膝上が定番だと思ってたんだけど。相変わらず色気無いわね」
「定番でなくてスミマセンね」
ムスリと答え、立ち上がる。
「ありがとうございます」
「何が?」
「助けてくださって」
卑猥に口元を歪める霞流。
「こんなところで騒がれていては迷惑だ。お前は店の連中にも少しは顔が知れてしまっている。無視をしても、俺が何とかしなければいけなくなる」
そう言って不愉快そうに見下ろしてくる。
「だからガキは嫌いだ」
ギュッと唇を引き締める。
元に戻してみせるよ。いつかきっと、優しかった頃の霞流さんに。
そう心に誓う頃、ようやくコウが起き上がる。ツバサが尻をパンパンと払い、自分は両の掌を叩きながら霞流を見上げた。
「誰だ?」
睥睨され、肩を竦める。
「通りがかったタダの他人だ」
そう言って、颯爽と身を翻す。
「騒ぐなら他所でやれ。迷惑だ」
言って扉に手をかけた。慌てて美鶴が声を掛ける。
「ま、待ってください」
両手で飛びつく。
「ウザい。離れろ」
「今日は用事があって来たんです」
「俺には用は無い」
「すぐ済みます。ちょっとだけですから」
そうして、霞流の言葉など待たずに続ける。
「涼木魁流って人の連絡先を教えてください」
「は?」
「でなければ、あの生け花だったかフラワーなんとかって仕事をしてる人のでもいいんです」
「フラワーコーディネーター?」
「そうです。それです。この間会ったでしょう?」
しがみつくようにして身を乗り出してくる相手に、霞流は首を傾げる。
「お前、何を言っている?」
「何って、だから」
「要点をまとめろ」
腕を振って美鶴を突き放し、乱れたコートを整える。
「言っている意味がわからん」
「だから、この間の夜に会った、フラワーコーディネーターの人か、もしくは一緒に居た涼木魁流の連絡先を教えて欲しいんです」
霞流は、美鶴の瞳を覗き込んだ。黙って見つめ、やがてゆっくりと口を開く。
「なぜだ? なぜ知りたい?」
「この人が」
美鶴は身を少し引き、霞流の視線を背後へ促す。
「この人が、涼木魁流に会いたがってるんです」
「お前が?」
「私」
ツバサは両手を胸の前で組んで背筋を伸ばす。
「私、涼木って言います。涼木魁流は私の兄なんです」
「兄」
驚いたと言うよりも、呆気に取られたと言った方がよい。涼しいげな瞳を少しだけ見開き、沈黙したまま相手を見下ろした。
「そうか、妹」
まずそう呟き、そうしてゆっくりと瞬いた。
「お前、意外な人間と繋がっていたんだな」
「別に、ただの学校の、と、友達です」
霞流の過去に涼木魁流が関わっている事は、智論から聞いた。霞流の気を引きたくてその妹に接触したなどとは思われたくはない。
「学校の? ふん、妹も唐渓の生徒か」
「そんな事は関係ないと思います。とにかくツバサは、ずっと探しているんです」
「失踪した兄を血眼になって探す妹。兄妹愛といったところか。テレビが取り上げそうなネタだな」
「ネタなんかじゃありません」
卑屈な笑みを浮かべる相手に、美鶴は軽く拳を握る。
「ツバサはずっと探してたんです。涼木魁流がダメでも、あのフラワーアーティストの人なら連絡先を知ってるんでしょう?」
「フラワーコーディネーター」
「どっちでも構いません」
霞流は、そんな相手から視線を逸らせる。
「断る」
「え?」
思わず聞き返す。
「断る、と言ったんだ。聞こえなかったのか?」
冷たい外灯に照らし出された、白く透き通るような頬。暖かみなどまったく感じられないその頬を小さく動かして、霞流は言った。
「あの女は好きではない。こちらから連絡など取りたくもない」
「そんな」
美鶴は思い返す。彼女の前では紳士然と振舞ってはいたが、心内では煩い女だと眉を潜めていたのかもしれない。
「別に、連絡先を教えていただくだけでいいんです。お願いします」
「他人のプライベートをホイホイと漏らすほど、俺は軽い男ではない」
お前と違ってな。
そんな意味が込められているかのような冷たい視線。美鶴がグッと唇を噛み締める。
「じゃあ、連絡を取ってください」
「断る」
「別にかす…、あなたの損にはならないでしょう?」
「なるな。連絡を取って変な頼まれ事や厄介事に絡まれるのは御免だ」
「厄介ゴト?」
「変に関わりを持てばいらぬ縁を結んでしまうものだ。どこでどう繋がりを作ってしまうかもわからない。深く関わりたくなければ、こちらから無闇に連絡などはしない事だ。そういう世界だ。まぁ、こんなものは人間関係の基本だがな」
「いらぬ縁って、何ですか?」
「わからないか? お前との縁が良い例だと、思うんだがな」
口の端を吊り上げる。そうして美鶴から視線を外し、後ろの二人を眺める。
「悪いが、涼木魁流の所在なら他をあたってくれ。そもそも俺は、ヤツの連絡先を直接知っているワケじゃない」
「サイテーだな」
呟く声に視線を動かす。垂れた瞳が剣呑に睨みあげている。
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